SUMA x SUMA Photo Gallery 2003


2003年3月。 SUMAxSUMAの元へ『Moto-GP 鈴鹿』へのワイルドカード出場の朗報が届いた。 レースの2週間前に届いた突然の出場決定通知にSUMAxSUMAとTEAMは困惑したが、このチャンスを逃すわけにはいかないと出場を決意。 また、TEAM内のライバル田中明雄選手も同時に選ばれ、TEAM Lifeから2台体制で出場することとなった。
初めてのGP。 テスト期間も無かったため、挑戦をテーマにマシンは全日本仕様のままで出場。 自分の実力がどこまで通用するか期待と不安に胸を躍らせるが、ガソリンの違いやマシンの違いに悩まされる。トップスピードで約10km/hもの差が出てしまうGPマシンには、立ち上がりから差がついてしまう始末。 苦しい戦いの中でも予選は26位を確保したが、決勝ではエンジントラブルで惜しくもリタイヤとなった。
全日本が開幕し筑波は転倒に終わったものの、GPで走った鈴鹿は最終ラップまで11台で競うトップグループの中で抜きつ抜かれつのバトルを繰り広げた。 結果は9位と目標にしていた6位以内には入れなかったが、確実に成長したところを皆に見せてくれたレースだった。
この勢いで地元オートポリスでは優勝を!と狙っていたが、マシンが原因不明の不調に陥ってしまう。 SUMAxSUMAの思い通りにマシンが走らず、本多メカと色々試したが結局決勝に間に合わず10位に入るのがやっとだった。 この年のシリーズランキングは13位に終わった。
10月に開催された『Moto-GP もてぎ』にも出場が決まり、2回目のGP出場。 前日のウエルカムパーティーでも少し余裕が出てきてリラックスしたムードで出場することができた。
相変わらずマシンの差は歴然だった。 立ち上がり加速で劣るマシンでは鈴鹿の時以上に苦しいレースとなった。 しかしSUMAxSUMAの表情は明るかった。 『全日本に活かせる走りをしよう!』 TEAMのスタッフと一丸となって出場した もてぎGPは予選31位、決勝25位でフィニッシュした!
TEAM Lifeのピットは、駐車エリアのテント。 ほとんどのGP125チームも同じようにテント生活でした。
本多メカも頑張ってくれました!